また 立ち上がる

  • 2020.04.02 Thursday
  • 01:05

個人の投稿で書いたものだけれど、思いのほか直接何通かメッセージいただいたり、心に響いたとお言葉いただいたのでブログにも。


ふと有言実行して自分を奮い立たせるため、頑張るって一言書くつもりでした。

だけど何故に私は頑張ると思えるのか、、、と思い、考え、振り返りながら書きながらいたら、こんな長くなっちゃった。


あっ、苦労話のお涙ちょうだいじゃないよ。

わたしも大切な人のそういう存在なりたくて時に優しくしたり頑張って働いたり料理するって程度。


長いお家時間の暇つぶしに、こんな考えしてる人なんだなぁくらいに思って、お菓子とともに思い浮かべてもらえたら幸いです。



*

*

*


子どもの頃は世界一不幸だぁ…と子どもながらに思うこともいっぱいだった。


母親の苦労も沢山みてきて塾通わせてもらって高校いっても、何度も学校やめようと思った。


先生にもボコボコされたこと何度もあった。

学力あっても進学できないと諦め、学校サボりまくってバイトばかりしていた。

変な脅しにもあったことあるし、それでもギリ卒業しても仕事を何度も転職しまくった。


世間や他人や生まれ育った環境が嫌で、元々わたしにはない環境に育ったひとを羨んでばかりいた。

そもそも時代もあるが女系で末っ子の私を親戚のなかには、また女か…と期待を裏切ったと言うひともいた。


人間関係がいやで、死んでしまおうかと悩み、とりあえず屋上で何時間も何日間もいたこともあった。


子ども過ぎて自分の狭い世界だけで自分だけが不幸と思い込んでいた。


幸いロクデナシだった私でも陽気で明るく、仕事なんこも掛け持ちして掃除は行き届いてなかったが、手を抜くことあったがご飯を作り続けてくれた母がいた。


化粧もお洒落もせず、必死に働いていた記憶ばかり。よく疲れからか、すぐ寝落ちしていた。


母は必ずクリスマス、バレンタインと季節の行事には豪華ではなくても工夫した料理をつくってくれた。

誕生日はいつもすごく歌ってお祝いしてくれた。


ときに子どものころは、貧しくて友達に服がダサい貧乏と聞こえるよう言われたこともあった。

あのときの気持ちは今も消えないけど、なんとか今あるものでお金かけなくてもお洒落や髪型、大人になったらどうしたら綺麗になれるかとメイクも沢山研究した。


大人になってからも人付き合いが苦手で、自分を変えたくて何年も働きながらバイトもしてアナウンス学校に通ったこともあった。


学歴ないからアナウンサーにもなれないのに、あのとき何故か母はお金の無駄を言わず反対せずいてくれた。


働きだしても同じ仕事内容でも学歴や資格で給料が倍ちかく違うことも経験した。

世間知らずで高額の買い物もしたことさえある。失敗だらけだった、いつもいつも。


*

いまでも無謀で世間知らずだろうけど、今振り返ると私を叱ったりアドバイスしてくれたり助けてくれた「大人」がいた。

勿論、反面教師もいたけど。


高校のときは、ボコボコ殴る教師から片親だからロクな教育うけてない、お前を学校辞めさせてやると言われたことも悔しくて当時は誰にも言えなかった。

明らかに多くの見ぬふりした教師もいるなかで、担任が俺のクラスの生徒に口出すなと言って守ってくれたことは忘れはしない。


バイトはじめてすぐは包丁の持ち方から何から何まで教えてくれた社員さん。

どんなに忙しくても平常心を保つ皆を気遣うことのできるバイトの大学生。


働きはじめたら最初に自分のお金でマナーの本と手紙の書き方の本を買いなさいといったり、電話の受け答えをトコトン注意してくれた社長。


自営してからも不景気真っ只中、リストラが盛んなときに無謀にも素人で始めたからハチャメチャすぎて書ききれないけど、自分の技術でお金をもらうことを叩き込んでくれた自営の先輩たち、近所の人たち、まるで親のように可愛がってくれる方々にも出会った。

一緒に頑張ろって励ましあった人たち。


いつからか人を羨むことから、恵まれなかったからこそ見えたことがあると思えるようなった。

中年なってから人の優しさを感じることができる心がようやく出来てきたような気がする。やっとね、、。

まぁたまに忘れて意地悪言っちゃうときもあるけど!?


*

いつも母が何か弱音や投げ出す私に

「あんたのやりたい本気はその程度なんよ。人に言われて諦めきれる程度。お金がないから諦めきれる程度。諦めきれんならしっかりし!」と。

そして、どんなに喧嘩してもご飯を作ってくれた。


これで何度もヘコたれても母に言われたことが悔しくて頑張ってきたことが多い。

その程度って悔しくて。


母はいまずっとベッドにいる。


*

ただ一言、頑張る。。と書くつもりだったけど何故がんばるのか、、と思ってたらこんな長く書いていた。


何にかは分からないけど、誰も救えるチカラもないけど、がんばる。


今日、明日、1ヶ月、半年、1年と長く落ち込んで頑張れないときが続いても、その翌日からこれを読み返してきっとまた頑張れる気がするから思うままに書いた。


凹んでもヘコたれずに。


そして先はこんなにも不安であるけど何か誰かと上向けること模索して頑張る。


母がしてきたほど私はまだ頑張りを抜けたことはないと思うから。


*

何度も母を裏切るようなこと、期待にそむくことをしてきたとおもう。

だけどいつもご飯を用意してくれた。


今日も明日もずっと帰宅するたび、ご飯楽しみにしてる子どものために、工夫を凝らし盛り付けを凝らしご飯をつくる。

母のように。


深くおもうのは過ちをしたときも元気でないときも最悪と嘆くときも、厳しいことを言っても喧嘩しても、この人だけは私の味方だと思える人がいると、時間かかってもヘコたれず、また頑張れるような気がする。


*

追記


まぁだけど変わらずドジである。

小学生の文集にも書かれたほど、長くドジらしい。


前もカフェコバのmさんから車のランプつけっぱなしと自宅までわざわざ教えてもらったことがある。

ついさっきも同じように自宅まで雨のなか教えてくださったoさん。


こんなドジは繰り返すのをなおせてないってことを反省しなきゃだけど。。親切で優しいひとが多い


担任がよくいってた。

「世間は差別だらけで甘くない。

女でも差別、高卒でも差別されることは珍しくない。だけど厳しいばかりじゃない、優しいひとも沢山いる。それを忘れるな。

ニコっと笑える愛嬌をもて」と


そしてある社長は運がいいと、いつも言っていた。

怪我したときもずっと理由みつけては言っていた。

たくさんの人に同じように親切で惜しまれ亡くなった人だった。


今日も口癖のように真似、ニコっと言うぞ。

わたしは運がいい。

車のランプ教えてくれてありがとう!

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